マーチR

最近のマイブーム 通称「僕の思い出シリーズ」、今回はマーチR編です。

今から30年以上も前、まだマーチRが世に出ていない開発段階だった時期。当時の日産内部は、世界一のクルマを生み出すんだっ! 情熱と活気に満ち溢れていました。

記憶が曖昧ですが、開発の中心?に日産追浜工場か中央研究所が関わっていたかなんかで、外観ノーマル 普通の見た目のマーチに、開発中のスーパーチャージャー&ターボのダブル加給エンジンを搭載してるってヤツがナンバーつけて走っていました。

自分自身もなんでそんなことを知っていたのか、当時の記憶も曖昧ですが、そんなスペシャルマーチが日産 追浜に存在したのは間違いないと思います、たぶん。(歳重ねてもうろくした、僕の妄想でなければですが・・・・)

それで開発も終盤、クルマとしても出来上がってきた頃、開発中のマーチRを何台か用意して、追浜のテストコースを使った24時間耐久レースイベントがこっそり開催されたことがありました。

日産や関連会社の有志が集って、それぞれ急ごしらえのレースチームを結成。24時間耐久という名前の通り、まさに昼夜を徹してずっと走り続けるというもの。たぶん、実戦で?マーチRの耐久性などをチェックするためのものだったのだと思います。

速さだけを追求するのではなくて、安全性も考慮されて燃費規制のなかでいかに早く長距離を走れるか、ドライビングの腕だけでなくチームの作戦も大きく左右するレギュレーションでした。

ブリーフィングでは、夜間も連続してコースを走り続けるため、時とするとヘッドライトに引き寄せられた海鳥がクルマの前へ飛び出すこともあり、そんな時は避けようとしないで、鳥にはかわいそうだけど、そのまま真っすぐ進んでくださいなんて説明を受けた記憶があります。

某カル◯ソニックからも、腕に覚えのあるメンバーが集まって、この耐久イベントに参加。楽しい時間を過ごせたのは、本当によい思い出となりました。

現代の感覚で考えると、テストドライバーでもない、ただの一般人が、こんな形で集まって開発中のスペシャルなクルマを走らせるなんて、ありえないでしょう。

でも当時の日産には、いいクルマを生み出すんだっ!熱い想いと自由な気風があり、そんな情熱がこのようなイベントも実現させたのだと思います。

R32スカイラインやGT-R、Z32フェアレディ、P10プリメーラ、当時の日産901運動で生み出され、今も語り継がれる名車たち。

そんなクルマが次から次へとデビューした背景には、クルマが大好きで、クルマに対して限りない情熱を持った人たちの力が結集されたものだったのだと思います。

時は流れ、現代。時代は変わりましたが、よいクルマを生み出すんだっ! そんな情熱を持って新車開発に望む日産のDNAは今も生きているはず。ワクワク、ドキドキ、胸を熱くするような一台をどんどん生み出して欲しい。

これからも、やっちゃえっ 日産っ!